路線バスに乗ってみよう・・

 こんにちは!今日未明3時頃から台風12号の暴風域に入って、12時頃暴風域を抜けた宮古島。まだ強風は続いておりますが、そろそろ後片づけをしようかな?と思っている部長・トムヤムクンです。

 先日、新しいバス路線の実証実験をするというブログを書かせてもらいましたが、今回は現在運行している路線バスへ乗ってみよう!という事で軽く書きますね。
 
 出発地点は宮古協栄バスターミナル(バス停名;平良)です。到着地点も同様なので降りずにずっと乗っていると元の戻ってきます。。生活路線バスを目的としているので集落地を中心に走るので観光地へ行くには最寄りのバス停から少々歩かなければならないのが難点ですがゆっくりとまわりを見ながら歩くのも楽しいのではないでしょうか?
 
 この路線バスに乗ると何処へ行けるのか??前浜ビーチや来間島、ドイツ村、インギャーマリンガーデン、東平安名崎の近くまで行けるのです。平日は1日7本、祝祭日と学校休日(夏休・冬休等)は5本の運行をしています。

下地地区
「平良」から「上地南(前浜ビーチへ徒歩15分)」¥240-
「平良」から「来間(バス停は集落入口にあります)」¥380-
  *来間島へは1日2本の運行。平良発午前8:20午後13:20の1本づつです。

上野地区
「平良」から「宮国(ドイツ村へ徒歩10分)」¥340-

城辺地区
「平良」から「友利(インギャマリンガーデンへ徒歩10分)」¥320-
「平良」から「新城;アラグスク(新城海岸へ徒歩20分)」¥420-
「平良」から「吉野(吉野海岸へ徒歩20分)」¥470-

 のんびり宮古島で時間を過ごしているのならこういう感じのゆっくりとした移動はいかがでしょうか?バスへ乗って帰ってくるだけでもいいんじゃない?オススメは与那覇湾の遠浅の海を見ながら来間大橋から海や前浜ビーチを見ながら集落間の長閑なサトウキビ畑の風景を見ながら戻る。。13:20発に乗って760円也

↓↓↓ホームページにも路線図でてますので見てください。
宮古協栄バス合資会社(TEL 0980-72-2414)


 池間島方面をご利用の方は「八千代バス」をご利用ください。。
協栄バス(路線バス)では行く事が出来ません

Discovery多良間プロジェクト(塩川御嶽のフクギ並木編)

皆さん ご無沙汰しております。
久しぶり登場の ムーミンパパ です。

何を隠そう私も 多良間島 へは今回が初めてなのです。
2年前に「八月踊り」を見に行く予定が、台風接近のためツアー
キャンセルで行き損ない、「そのうちに」と思っていましたが
なかなか機会がありませんでした。
飛行機 飛行機 で20分、新しいフェリーでも2時間ですので、本当はその気さえ
あれば行けると思うのですがね...

さて、今回は何ヶ所か観光スポットや「八月踊り」の会場などを回ったの
ですが、到着後に最初に訪れた「塩川御嶽のフクギ並木」をご紹介します。
このフクギ並木は御嶽への参道に 直径30〜50cmのフクギが約650mも
続き、ちょうどいい感じの木陰のアーチになっているので、散策するには
良いかもしれません。
また、御嶽のあたりはも何か神聖な、厳かな雰囲気が漂っており、御嶽を
囲む植物群落は天然記念物にも指定されています。


 フクギ並木から見た塩川御嶽の入り口
 

島内では結構 フクギ を見かけたのですが、実は多良間村の村木に指定され
ているそうで、防風林、防火林として農作物や家屋を守っているのです。

何か昔懐かしいような雰囲気のする多良間島。
今度はゆっくりと散策をしてみたいと思います。

ということで、本当はもっと書きたいこともあるのですが、この辺で

 ビール 「次の方へ つなぎま〜す!」 ビール

 

Discovery多良間島プロジェクト vol.1

こんにちは!
あなたの【アダルトかーぎー】ですラブ

昨日の2メートルさんの書き込みにもありました、
宮古観光協会青年部にて多良間島研修に行ってきました。

今週はシリーズにてご覧の皆さまにも多良間島を満喫して
いただこうと思います。

まずがーと第1話は「かーぎー」がお送りします。
一週間シリーズですので私が全部お話してしまうと
あとのみんなが困ってしまいますのでしょんぼり小出しで
いきますね。

多良間島は人が1400名、牛が4000頭、ヤギが800頭
住んでいます。
それらを確認しようと
『八重山遠見台』に上がりました。



いやいや、牛やヤギを確認するためではなく八重山諸島を見るためです。
天候も良く【多良間村観光商工課】の多良間課長も「こんなにクッキリと
見えるのは珍しい! 宮古から皆さんが来るので歓迎しているんですよ」
とのお言葉。

八重山諸島なのだ↓↓↓



少し目線を変えると泳いで行けそうな距離に見えたのが「水納島」では
あ〜りませんか

水納島なのだ↓↓↓ わかりずらいかなぁ・・・



「水納島」までは8km!!
泳ぎの達者な人なら行けちゃいますね・・・
かーぎーは最近メタボ系なので無理です ハイ



さぁ!明日は何処が見られるか楽しみですね〜
多良間weekのはじまりはじまり〜拍手

池間島。。その4

 八重干瀬周遊モニターツアーに参加するのに朝からどしゃ降りでどうなることかと思いました。雨も上がり、無事にモニターツアーは出発してくれそうです。さてこれからモニターツアーへ参加予定の部長・トムヤムクンです。


 「池間湿原地帯」
池間湿原
野鳥観察小屋より見た池間湿原


 沖縄県内で最も大きい湿原が「池間湿原」です。一年を通して多くの野鳥が飛来してくる場所です。1年中、野鳥の鳴き声が聞こえ、まさに野鳥の楽園です。県内外でおよそ200種類の野鳥が飛来してきますが、ここ池間湿原では80種類以上の野鳥が確認されております。野鳥からすると目の覚めるような青い海に浮かぶ宮古島は、何とも居心地の良い休憩地なのでしょう。。

 渡り鳥。。秋から冬にかけてアカハラダカやサシバ、水鳥などが暖かい土地(宮古島)を求めて飛んできます。

 バードウォッチャーには、最高の場所ですね!夏に見える野鳥もおります。池間島へお越しになってみてはいかがですか?最高のシャッターチャンスが訪れるかも。。!?

 

池間島。。その3

乗用車のクーラーが壊れて汗ダダ〜〜と運転している部長・トムヤムクンです。
(汗ダダ〜=汗を滝のようにかいている様)

「オカガニ」

 夏の季節になると、満月の夜にオカガニの群れが産卵の為に島を横断して浜へ降りていきます。自然の不思議ですね。。満月の夜に行動をするんですよ!
 
 このオカガニは、甲の長さがおよそ60mm、幅が80mmでインド洋などに広く分布していて、国内では、トカラ列島が北限といわれております。オカガニは完全に陸だけに適応しているのではなくて、卵のふ化間近になると、海へ降りて卵を海へ放ちます。こうして、ふ化した子ガニ達はしばらく海で過ごして、また、陸へ戻っていきます。
 
 池間島を一周する道路をつくって便利になりましたが、この道路により溝に落ちたり、交通事故死するオカガニが増えました。しかし、こういったオカガニを保護する目的で専用道路を作りました。道路の下、数カ所に海へ続くオカガニ専用道路を作ったのです。
 月夜の晩のオカガニの大行進をゆっくりみたいといった所でしょうか?。。最近では、月夜の晩に「オカガニに注意」とか「オカガニ横断中!通行禁止!」などの看板もみられるようになりました。

 これは池間島の夏の風物詩とでも言うんですかね〜


 写真がないのが残念。。見に行ったときに撮影してきます。その時にでもアップします!

池間島。。その2

部長・トムヤムクンです。

池間島の雰囲気?のご紹介です。


 かつては、連絡船で行き来をしておりましたが、
平成4年(1992年)に池間大橋が完成。総工費約100億円・全長1425mで、
1963年に池間大橋建設の陳情から6年がかりで完成しました。

 周囲約12km、世帯数400弱、約800名の人口の島です。
 池間島は、昔からカツオの一本釣りで栄えた島です。今でも鰹節の製造が盛んです。かつて、カツオ漁が最盛期のころ池間島の子供達は浜辺でカツオ船を迎え、 風になびく大漁旗を数えるのを楽しみにしていたそうです。
 当時のカツオ船の大漁旗は100匹単位で大漁旗を揚げていたそうです。100匹の水揚げだと1旗、2旗だと200匹超、5旗だと500匹超。。その船をみた子供達は急ぎ足で島の人々に伝えていたそうです。
 夏のカツオ漁の季節になると島全体が活気づき、子供達の表情も明るく生き生きとしていたそうです。





 このカツオ節の加工技術は1906年(明治39年)に愛媛県から取り入れられ、以来沖縄県でも代表的な漁村として有名になりました。


次回は「オカガニ」へ。。
 

池間島

 昨日の雨模様とはうって変わって晴れ間が広がっています。しかしながら湿気は高いのでプン〜〜としている宮古島から部長・トムヤムクンです。
(プン〜〜としている=湿度が高くなんだかムァっとしている状況を表す言葉)

今日は昨日書いた西平安名碕から見える池間島です。

西平安名碕から2〜3分車を走らせると見えてきました。池間大橋!!



 私、普段はバスに乗務することが多くここ池間島にも来ることが多いのです。
バスは目線が高いので見下ろす風景なのですが、乗用車で来ると目線が低く物足りなさを感じてしまうのは職業病?なのでしょうか?



 さて池間島へ入ってくるとまずは直進!この道は池間大橋の近くまで戻ってくる池間島を一周する道路です。安心して走りましょう!
 学校が見えてきて、この島唯一の信号機!が見えてきます。まだ橋でつながっていなかったころ学校教育の一環として取り付けられた信号機だそうです。池間島から出て宮古島に行くだけでそりゃ都会のような感じがしたそうです。


更に進めていくと池間島灯台が見えてきます。


だいぶピントずれでした。

 この辺りからみる夕日がズミッ!
 何も遮る物がない地平線に沈んでいく。。ズミッ!




 この池間島は、カツオの1本釣りで栄えた島です。今でもカツオ漁は盛んで鰹節の製造工場があります。夏になると満月の夜のオカガニの群れの島を横断する様が見えたり、池間湿原地帯には、渡り鳥が羽を休める姿がみられバードウォッチャーにも楽しめるところが池間島です。これ以上書くとネタ切れになるのでカツオ・オカガニ・池間湿原のお話は、次回へ続く。。m(_ _)mスミマセン中途半端で。。
 池間島シリーズとでもしておきましょうかね?

西平安名碕

今日の宮古島地方は、豪雨を伴う雨模様でした。時々、暴風雨のような時間帯もあり、短い時間でしたけど太陽も顔をのぞかせました。皆様の地域ではどのようなお天気でしたでしょうか? こんばんわ!部長・トムヤムクンです。(NEWS調)

今日、ご紹介するのは、西平安名碕(にしへんなざき)!


宮古島の北方向に位置して、目の前に池間島を眺めることができます。

この西平安名碕は、以前、風力発電施設5基が立ち並び風光明媚な所だったのですが、昨日のブログに書いてあったマエミー台風で1基を残して倒壊してしまいました。 まぁー残った1基の羽根も飛んでいってしまってますが。。


(左端の鉄塔が風力発電施設*羽根無し*)

 やはり天気の良い日がいいですよね。あずま屋もあり、そこから眺める風景は、
池間島、伊良部島も眺めることができます。
 ゆっくりとした時間の流れを感じることができます。。(いいんじゃないの〜!)



 
 西平安名碕にて池間大橋&池間島を眺めて何かを想い、それからゆっくりと池間大橋上から周りの海を観て何かを想い、池間島でゆったり流れる時間を感じて何かを想う。。さらに夕日を眺める時間帯へ、、辺りがオレンジ色に色を変えて夕日が沈んでいく様をゆっくりと。。オレンジ色から薄紫へ。。(ズミッグッド)                          (ズミッ=最高!)

 時間を忘れてしまうくらいの西平安名碕へ。。。いかがでしょうか?



人頭税石

部長・トムヤムクンです。本日は、まじめに観光地のご案内。。

平良港の入口から北へ、、程なくすると歴史の重みを感じさせる石柱がひっそりと立っております。この石柱は「人頭税石」と呼ばれ、その昔、260年余りの長きにわたり、宮古島の人々を貧しい生活と恐怖のどん底に陥れた石柱です。

人頭税石
この石柱の高さは143cmです。



1609年に薩摩が琉球に攻め入り、琉球は戦いに敗れ薩摩の支配下に置かれます。琉球政府は薩摩へ年貢を納めるようになります。そのため、財政難に苦しむ琉球王朝は1637年に宮古島と八重山の島々に人頭税制度を定め、15〜50才までの男女に過酷な労働や反物、食料(粟など)を納めさせます。ただし15才未満であっても石柱(143cm)の高さになると大人とみなされ、重税を課せられたのです。税率は4段階に分けられておりましたが、その税率の平均も「八公二民」だったそうです。
解りやすく言うと10万円の給料があると8万円は税金で納めるというわけです。

島の人々は過酷な強いられたあの苦しい時代は月の輝く夜になると村の広場に集まり、歌い踊る「クイチャー」に慰めの求め、昼間の苦しみを忘れるようにしたそうです。

この悪税に長年苦しめられていた宮古島島民は、遂に人頭税廃止運動へ立ち上がりました。新潟県出身の中村十作、沖縄本島出身の城間正安らの懸命な努力と協力と島の人達の堅い結束で日本政府や新聞社、マスコミなどへ強く訴え続けました。1902年、遂に人頭税は、250年以上の長い歴史に幕を閉じたのです。人頭税の廃止が決まった瞬間、島の人達は昼夜「クイチャー」を踊っていたそうです。


人頭税廃止からまだわずか100年ちょっとしかたっておりません。この税制があると思うと。。ブルブルブルブル。。そんな悲しい宮古島の歴史を語りかける「人頭税石」でした。次回は文の途中で出てきた「クイチャー」のさわりでも書きたいと思います。

大神島

部長・トムヤムクンです。

今日は、大神島のご紹介です。

宮古島から眺める大神島の形はきれいな三角形をしています。
なので宮古島北海岸線の至る所から眺めることができ、何処から見ても
同じきれいな三角形をしていて、波に浮かんだ富士を思わせる島です。

大神島

この大神島には、祖神祭といって今でも関係者しか知ることのできない神秘的な祭があります。旧暦の9月から10月にかけて行われるこの祭は、島の人たちが集団的に神憑りして祭が行われ、その内容は全く知ることはできません。また、大神島には、何人たりとも立ち入ることを許さない聖域があり、この聖地には、島人といえども立ち入ることができません!それほど神聖な場所なのです。

大神という島の名前も、神々の親に当たる一番尊い神の鎮座する所と言うことからその名が付いたと言われております。

神々の島、大神島に一つの伝説があります。
世界中の海で暴れ回った海賊キッドの財宝がこの島の何処かに隠されているという伝説です。
昭和12年〜13年頃にアメリカやヨーロッパで海賊キッドの財宝をめぐり様々な噂が流れていました。その一つに「東経一二五度の線上にある東シナ海な珊瑚礁の小さな島が宝島である。その島のデス・オブ・バーレイ(死の谷)に埋めてある。」という報道があったそうです。
東シナ海の島で東経一二五度二○分に位置する大神島。「死の谷」すなわち聖域がその地点にあたるとされました。
さてこうして宝の島となった大神島は、昭和14年頃、この記事を読んだ本土の人や宮古本島の人たちが乗り込み宝探しが始まったのです。しかし宝は見つからず、乗り込んだ多くの人たちは程なく原因不明の病に冒され亡くなっていったそうです。

このことで「大神島の聖域はおかすべからざる聖域」と尚一層深いベールの中に沈み込んでいきます。

いまでも聖域を荒らした人たちについては語り伝えられていて「神の怒りに触れて早死にした」と言う人や「海賊キッドの呪いで早死にした」と言う人がいて、神々の島は今尚不思議な島としてベールに包まれています。

大神島

もし、大神島に遊びに行く方は、島尻港から一日数便出ている船で遊びに行ってきてください。日によって入って良い場所、入ってはいけない場所があるので、(写真撮影も然りです)船長さんや島のオジー・オバーに聞いて大神島散策してください。大神島の海もとても綺麗です。島の雰囲気や海も満喫してください。楽しいですよ〜

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